パート1:化学的誘惑子:彼の話
一目惚れなど存在しない。世間で何と言われてるか関係ない。それは不可能なのは確かだ。人は愛と欲情を混同している。
だが、一目で欲情に溺れることは確かによく起こることだと思う。僕自身がその生き証人だから。
僕は、彼女に実際会うずっと前から彼女と話しをしていた。初めて彼女と電話で話したとき、彼女が、その声の通りの人なら良いだろうなと思った。最近見た映画で、男が、一度も会ったことがない女からの電話を終えた後、彼女は「声からするとブロンドだ」と言ったシーンがあった。僕も、電話でディアドラと話したとき、僕は彼女は「声からすると抱き心地が良い女」だと思った。そんなことを思ったことは、初めてのことだった。僕は普通の仕事の電話をしただけだ。僕が外出中にオフィスに誰かが電話をよこしたと言うので、その電話にかけ直しただけだった。ぶつくさ文句を言いながら電話をかけ直したのだが、ただの電話で人生を変える経験をすることになるとは思ってもいなかった。
ディアドラは、僕が勤めている会社に仕事の方法を教えることになっているコンサルタント会社の社員だ。うちの会社は創業55年しか経っていない。だからビジネスの手順など分かっていないも同然だ。我々が何か間違ったことをしている時、それを注意してくれる人が必要となるのは自明だった。
ディアドラは、ブラウン・アンド・レイモンド経営コンサルタント(BRMC)社のコンサルタントだった。僕は会社の実情についてBRMCに報告する仕事をしている社員グループの一人である。我々の報告を受けて、BRMCは、どこを縮小し、誰を降格させ、どうやって経費を抑えるかなどのアドバイスをくれるわけである。大概の場合、BRMCからのアドバイスによって、元は和やかで楽しかった職場の雰囲気が滅茶苦茶にされる。僕は、うちの会社の上層部しかBRMCのことを友好的に感じている者はいないと言って間違いないと思っている。
僕は、うんざりした気持ちでディアドラに電話をかけ直した。不満はあるが、これが僕の仕事だから仕方ない。可能な限りあらゆる方法で、BRMC社に協力する。それが僕の使命だった。BRMCの女性コンサルタントが電話をかけてきた。だから電話をかけ直す。単にそれだけのことだ。
僕は、この10年ほどで多くの会社が採用してきたボイス・メールというシステムが嫌いだった。あのシステムこそ、部分的にテクノロジーへの過剰な依存のために、この国の人々の生活の質が低下してきてしまったことを如実に示していると言える。あれこれできるからと言って、あれこれすべきだということにはならないのは明らかなのに。ボイス・メールなどくそ喰らえ。
「メニューの選択肢が変更になりましたので、注意してお聞きください」とか何とかのメッセージに対応した後、ようやく、リアルな人間が出てきた。彼女は「はい、ディアドラ・マーティンです」と答えた。僕は、その瞬間、自分が大型トラックにひかれそうになっているとは知らなかった。
うちの会社は中西部にある。うちの会社は、決して「フォーチュン」誌のトップ500社に含まれそうにはない。だが、取引は手広く行っているし、オハイオの2箇所、インディアナの1箇所の合わせて3箇所の拠点を合わせると5000名以上の社員がいる。それなりに誇れる会社だ。
僕は社内では有望株と思われている。小さな部局だが、部長だ。会社では一番若年の部長だ。僕の次に若い部長は、僕より20歳年上で、その女性は45歳。つまり僕は25歳ということだ。僕は、工程統御部門のためのソフトウェア開発を担当している。それに会社のウェブ・サイト構築にも手を貸しているし、総務部の人たちが、IT部門に要求してもなかなか時間が掛かって応じてもらえない時、その人たちの手伝いもしている。
僕の部下には、ソフト開発者として、3人ほど、傲慢で嫌な若者がいる。全員、10代で高校を出たばかり。誰か知らないが人事部のバカが、現代の市場では、ソフト開発部門は、インドとかイスラエルとか、そんな場所に作るという道か、あるいは、年が若いので雇ってもたいした出費にならない間抜け顔のうすらバカどもを雇って、そいつ等にやらせるという道のどちらかが主流だと聞いたらしい。そういう若者だと、やはり同じく間抜け顔のうすらバカと遊びまわった経験しかしてきてないのが普通だ。で、そうなると結果は自明だ。連中は仕事をやり遂げるということを知らないのである。プロジェクトがあったとして、連中は90%まではやるが、そこで飽きてしまうのだ。いつもバグだらけのプログラムを僕に渡してくるし、僕がどうして怒っているのかも理解しない。結局、僕自身でプログラミングを仕上げなくてはいけないことになる。そうしないと仕事にならないからだ、まったく。ああ、確かに、僕自身も子ども時代はあったわけで、色々学ばなければならない時期はあった。でも、少なくとも僕は、連中のような間抜け顔のうすらバカではなかったはずだ。
僕にも、言いたいことがある。正直に話そう。あのBRMCの連中は、うちの会社に仕事のやり方を教えに来ているが、僕には、その教えがどんなことか、すでに分かっているのだ。うちの会社は、ネット上にしっかりプレゼンスを示し、Eビジネスを開始しなければならないと僕は考えている。コンピュータの発展の観点からすると、我が社はまだ石器時代にいるようなものだ。確かにインターネット上にいることはいるが、ただ「名刺」を置いているだけのような現状である。商品購入や配送に関しての情報を顧客にオンラインで示していない。ネット上での販売も試みていない。やろうと思えば、新しい市場を開拓できるのに。そうやって、本当の意味で21世紀に突入できるのに、できていない。やってることと言えば、すでに試みられた、従来どおりの古臭いビジネス方法だけ。他の会社が何か新しいことを試しているというのに、従来の方法に留まっている。今までは運が良かったが、いずれ、それも尽きるだろう。少なくともこれが、僕の見解だ。
ともかく、僕はBRMCとの応対を担当する者のひとりだ。やるべきことと言えば、僕がバグ取りをし、専門的な見地から検査をしなければ使い物にならない、中途半端で放り投げられた6個以上のプロジェクトを整理して見せるだけ。そして、部下のうすらバカどもは、そういう専門的な知識が必要になるとまったくお手上げになってしまうやつらなのである。
ディアドラ・マーチンは、僕を腰砕けにしてしまうような魅力的な声をしていた。南部訛りがあるが、北部で生活していることによる影響も受けているのは確かだ。というのも、僕が知ってる他のジョージア出身の人たちのような強い訛りがなかったから。初めて会話をした時、僕は彼女にどこの出身か尋ねた。当然の質問だったと思うし、南部から移住してきた彼女にとっても、いつも訊かれる質問なのだろうと思う。彼女は、オハイオに来て3年から4年になり、BRMCに就職し、コンサルタントの仕事をしていると話してくれた。
ディアドラの声は魔法のようだった。優しくもあり、チャーミングでもあって、一種、幼い少女のような声でもあった。明るい笑い声もあれば、官能的なセクシーさも含まれていた。彼女と電話をしている時に、僕の秘書がオフィスに入ってきたことがあった。彼女は電話が終わるまで、僕のそばに立って待っていた。僕は、電話を終えた後、頭を振りながら彼女に言った。
「わーお! この人、まさに、声からすると抱き頃の女、そのものだよ。こんな素晴らしい声の人は初めてだ。あの南部訛りったら、たまらない! どうやら、この仕事は、思っていたほど酷い仕事じゃなくなりそうだよ」
僕の秘書は、非常に性格が良い人だが、ずんぐりした体形の48歳の4児の母である。彼女は僕の言葉使いを聞いて、頭を左右に振った。
「ドリューさん、お願いですから、そういう言葉を使わないでください。きちんとご説明なさるおつもりでしたら別ですが。それはそうと、その女性、年配の黒人女性じゃないかと思いますよ」
「僕の浮かれた気持ちを粉砕してくれてありがとう、キャロル。まあ、その言葉を信じる気になったら、実際に確かめてみよう。あるいは逆かな。実際に見たら信じる、というか。ともかく、この女性は女神のような人だと思うよ。宇宙全体を探してみても、このような素晴らしい声の持ち主は、神々しい体の持ち主にふさわしいと言うものだ。宇宙全体だよ。まさに、そう言って良い声だよ!」
それから1週間か2週間、僕とディアドラはEメールやら、ファックス、データベース、スプレッド・シートなどなど、現代のビジネス社会を特徴付ける情報器具を使って、情報を交換し合った。僕は、うちの会社もビジネスで標準的となっている活動に歩調をあわせるにはどうしたらよいか、それをするためにどういう形でインターネット上に存在したらよいかについて、僕の個人的なアイデアも、彼女に伝えた。そういうことを伝えても問題ないだろうと思ったからだ。
電話での会話では、僕たちは次第に親しく打ち解けた間柄になっていった。彼女の声は素晴らしい。ではあっても、僕は、その声の持ち主が、僕たちにとって敵になる可能性がある人物であることは、決して忘れていなかった。いや、でも、同盟関係になれる可能性もある。そして、同盟を結べる相手は多いに越したことはないのだ。特に、自分の会社がどう運営されるかに関して大きな発言権がある人ならば、なおのことだ。
ともかく、僕の状況は、社内政治的には厄介な立場にあった。僕は、仮にディアドラに意見を伝えることができたら、僕自身の計画を推進することができる立場にいる。もちろん、そうすることで、僕自身、利益を得ることになるだろうが、会社全体も、そういう方向に行くのが良いと、心から信じているのも本当のことである。
僕とディアドラは、この下準備的な実際的管理の仕事をすべて行った。だが、本当の仕事は始まったばかりだった。本格的な仕事は、ディアドラが、うちのプラントに訪問する時から始まると言ってよかった。彼女は、2、3週間ほど、うちのプラントに滞在し、どのように仕事がなされているか、我々の方法がどうで、その問題点は何かを視察することになったのである。僕は、その2、3週間、ディアドラと同じ部屋で仕事をすることになっていた。
これは天国になるか、それとも地獄になるのか? もし、ディアドラが声の様子とはまったく違う容姿だったらどうなるのだろうか? まあ、それでも構わない。声にふさわしい素敵な女性であって欲しいというのは、僕の個人的な希望にすぎないのだから。それに、ディアドラ・マーティンとの関係が、仕事以外のことになると思える根拠は、正直、まったくなかった。彼女は、純粋に仕事の面で僕を助けてくれるかもしれない。あるいは、仕事の面で僕を凌駕し、僕を無能と認定するかもしれない。どちらにせよ、ディアドラは僕に影響を与え始めていた。そのような思いは、あまり心地よいことではなかった。
彼女が当地に来る月曜日の朝、僕は数分遅刻してしまった(トレーラー・トラックが横転し、高速道路の出口やらなにやらが大混乱になってしまったのだった。・・・このことについては後で語るつもりだ)。会社に着くと、キャロルが、ディアドラが会議室で僕を待っていると言った。僕は深呼吸をして、心を決め、これからの僕の運命と対面しに向かった。
会議室に入った時、ディアドラは会議テーブルについていた。そして僕に挨拶をするため、椅子から立ち上がった。
僕は唖然とした。彼女はジョアン・ウッドワード(参考)の顔を盗んだのか? 若き日のジョアン・ウッドワードだ。『熱く長い夏』のあのジョアン・ウッドワード。
髪の毛は短めでカールしている。ブロンドだ。もちろん、ブロンド。体を効果的に隠すビジネス・スーツを着ていたが、それでも、痩せ型なのに、曲線も豊かであることは隠しきれていない。もっとも、僕は彼女の体つきは気にしていなかった。そもそも、そちらに眼が行かなかったのだ。僕は彼女の瞳しか目に入っていなかった。あの青緑の瞳。丸く、無邪気そうな瞳。ほのめかし、招きいれ、尋ねかけてくるような瞳。でも、それだけじゃない。
ディアドラは、微笑みながら手を出し、僕に握手を求めた。その瞬間、彼女の瞳がきらりと輝いた。まるで電気のスイッチを入れたように瞳がきらりと輝いた。僕は、完璧に魅了されてしまった。まるで魔法だった。彼女の掛ける魔法に、僕はまんまと掛かってしまった。そして、次の瞬間、あのことが起きた。
僕と彼女の手が触れた瞬間のことである。ディアドラは、ビジネス・ライクに友好的な挨拶として、僕と握手したのだが、僕の方は、その過剰な刺激に圧倒されたのだった。
ここで、僕は、僕が考察してきている奇妙な理論のことについて話さなくてはいけないと思っている。僕の最も神聖なものとして抱き続けてきた信念が、今、挑戦を受けていると感じたからだ。その挑戦を真っ向から受け止めるものが必要であり、それが僕の理論である。それがないと、僕の信念体系が完璧に破壊されることになるかもしれないからだ。
化学的なものということだ。それこそが正体。そうに違いない。化学的であり、物理的でもある。電気的なものが、そのどこかに介在してるから。
僕と彼女の手が触れ合った瞬間、僕はすとんと腑に落ちた。普通のありきたりな握手だった。だが、その触れ合っている部分のどこをとっても、そこからエネルギーが沸いてくるように感じたのだ。
彼女の肌はベルベットのようだった。柔らかくて、すごく柔らかくて、滑らかで、つるつるしていて・・・ベルベットそのもの。彼女の皮膚細胞に含まれる何かが、化学物質のようなものか、DNAのようなものか、あるいはホルモンかもしれないが、何かそういうものが、僕の皮膚細胞に含まれる同種の何かを惹きつけたのである。
僕の理論とは、つまり、こういうことである。ある種の人間は、ある特定の他の人間に対して、化学的に惹きつけるものとなっているということである。化学的誘引子を持っていると。そういう人間同士の体の化学的性質は、互いにぴったり合うようにできていて、まるで鉄と磁石のように引き付けあうということである。多分、ある種のエンドルフィンなのかもしれない。彼女のエンドルフィンは僕のレセプターにぴったりと嵌まった。何かが僕のレセプターにぴったりと嵌まったのだ。こんな衝撃を受けたのだから。
彼女と握手した瞬間。あれほど、興奮した瞬間は、それまでの一生で経験したことがなかった。一体、何が僕の身に起きたのか、まったく分からなかった。僕の仕事に関して、生死を左右する権力を持っているかもしれない人物と行う、普通のビジネス会議だったにもかかわらず、僕は恋に落ちた10代の若者のように振舞っていた。顔が赤らんでいるのを感じた。呼吸も少し乱れていた。僕は、彼女の手を握ったまま、彼女の瞳をうっとりと見つめたままだった。
最悪なことは、僕のあそこが、たった5秒間で、0度から60度に勃起していたこと。もしディアドラが、もう少しでも僕に近い位置に立っていたら、僕の勃起は、棍棒となって彼女を叩きのめしてしまっていただろう。いや冗談ではなく、彼女はジャンプして僕から離れた方が良いと、僕は真剣に思った。
僕は難局に立っていた。どうしてもディアドラから手を離すことができないようなのだ。彼女に何か話していたか、あるいは、単に小さい唸り声を喉で鳴らしていたか、それすら分からない。耳の奥で轟々音がしていたので、そもそも、よく聞こえていなかった。
ディアドラは、優しく僕の手を解き、椅子に腰を降ろした。僕は、正気に戻り、会議テーブルを挟んで彼女の向かい側に座った。あらためて彼女をチェックして、彼女が年上であることに気づいた。何歳かは推測できなかった。成熟した25歳なのか、非常に若さを保った40歳なのか。25歳から40歳の間だろうとしか分からなかった。
ディアドラは早速仕事に取り掛かった。ペニスを勃起させ、半分正気を失った男から目を避けるようにして。
すぐに分かったことは、ディアドラは僕とは階級が違うということだった。僕が、この女性に近づけることなど、絶対に望みがないだろう。美人だし、聡明だし、大きな仕事をして、恐らく、僕の4倍は稼いでいるだろう。でも、あの瞳・・・。いや、だが、彼女は僕とは住む世界が違うのだ。僕は、自分が、羨望の眼差しでチアリーダーのトップを見つめる、地味でオタクな高校生になったような気がした。この圧倒的に素晴らしい女性には、決して近づくチャンスなどないのだと諦めつつ、見つめる男子高校生。
ディアドラは僕の手が届かない存在だと分かったことで、かえって、僕は自分を取り戻すことができた。いいさ、いいさ、ともかく彼女のそばにいられるだけでも幸せだ。どうせ、それしかできないのだから。今を楽しむんだ。今まで生きてきたうちで最高の女性と一緒に時間をすごせるだけでもありがたい。だけど、深くかかわろうとはするんじゃないぞ。そんなことは所詮、不可能なのだから。口笛を吹いて墓地を通り過ぎる(参考)ように、平気を装うのだ。
僕たちは話しをした。ビジネスの話。最初はなかなか集中できなかったが、次第に、僕たちが一つ一つ調べようとしているビジネスの情報に意識を集中しつつも、同時に彼女に全注意を傾け続けることができるようになった。
午前中いっぱい、僕たちは一緒に座って、あれこれの部局や、僕が提供した種々の報告書や、その報告書が強調するビジネス・トレンドの意味について話し合った。
その間ずっと、最初から最後まで、僕は勃起したままだった。そして、最初から最後まで、僕はストイックな顔をし続けてもいた。決して感情を顔に出したりしなかった。子供の頃から、ミスター・スポックのことを勉強し続けてきていたので、物事に対してバルカン星人の顔になる術は心得ていた。
ディアドラと面会した最初の時に、子供のように(というか、ペニスを勃起させた子供のように)振舞ってしまったが、その後は、ディアドラが、職務上、必要とするものを適切に彼女に提供し、僕の仕事をきちんとこなしていたと思う。
だが、それは難しかったのは事実だ。ディアドラは、絶えず、僕の注意を逸らしてしまう存在だった。僕は彼女のことすべてを記憶に留めておきたいと思った。
ディアドラの見地からすれば、多分、僕はいい加減な教育を受けて育った、単なる子供にしか映っていなかっただろう。僕のことを、企業内の出世の階段で、僕の能力上、到達できる最高位に到達してしまって、もはや、これ以上は上がれない人間と思っていたかもしれない。
でも、確かに、僕は、自分の論理的な思考力を感情と統合するのに時間が掛かったが、それでも、何とかそれを成し遂げたのである。最後には、心の奥底で、彼女のことは、手に入れたい、是非とも手に入れたい女性ではあるが、完全に手が届かない女性でもあると納得できたのだ。心ばかりでなく、僕の体全体も、ようやくそれを理解してくれた。いや、体全体とは言っても、一箇所だけは別だった。決して消せない欲望を燃え立たせている20センチのチューブ状の代物のことである。そいつだけは、彼女をやりたいと叫んでいた。
それから2日過ぎた。仕事は進捗していたが、ディアドラは、僕が気が散っていることに、だんだん居心地の悪さを感じてきているようだった。実際、僕は彼女と同じ部屋にいる間ずっと勃起を続けていたのである。どうしても収まらないのだ。
火曜日と水曜日は、僕は緩めのズボンを履いていった。そうすれば、その中のことがあまり目立たなくできると思って。だが、それも無駄だった。いくらゆるいズボンを履いて行っても、目立つものは目立ってしまうからである。ずっと勃起し続け。どんなことをしても、それは変わらなかった。
正直に言うと、僕は、可能な限り機会を見つけては自慰をすることで、ディアドラの影響を和らげようとしたのである。実際、自慰をしなければいけなかったのは本当で、さもなければ、青い玉(参考)、つまり睾丸の痛みの末期症状で死んでいたことだろう。仕事に行く前にまずは自慰をし、復帰するまでいくらか時間が持つだろうと期待する。だが、ダメだった。ディアドラの姿が目に入った瞬間、そいつは、早速、息を吹き返してしまうのだった。
僕は、人を笑わせようとして、こんな話しをしているわけではない。決して満たされることがない興奮という苦しみを味わっていたのだ。
水曜日の朝も、月曜と火曜日の繰り返しだった。しょっちゅう、気が散って、いらいらし、居心地が悪く、その結果、会社とBRMCの仲介役としての仕事が、総じて完璧にはできずにいたのである。
昼になり、ディアドラは、この建物の別の部署で働いている別のBRMCの人とランチに出かけた。僕は自分のデスクでサンドイッチを食べていた。もう死んでしまいたいと思っていた。
ディアドラがランチから帰ってきた後、再び会議室で仕事が始まった。僕は先に会議室に入って待っていた。ディアドラの圧倒的女性美の影響が及ばず、自由に行動ができる間に、いくらからでも仕事をしておこうと、ノートパソコンを前に仕事をしていた。
ディアドラは部屋に入ってきて、僕に力のない笑みを投げかけ、そしてドアを閉め、鍵をかけた。ああ、とうとう来たか、と思った。彼女は僕を叱り付けるに違いない。
ディアドラは僕を見て言った。冷たい表情ではなかった。
「アンドリュー、話しがあるの」
他の人は皆、僕のことをドリューと呼ぶ。僕のことをアンドリューと呼ぶ人はただ一人、僕の母親だけだったと思う。だが今、ディアドラは僕をアンドリューと呼んだ。これもまた、望んでいない、気が散る要素だ。僕は気持ちが散らないよう努めた。
「何か問題でも、ディアドラ?」
「アンドリュー、あなた、私と仕事をするのがイヤなの? 月曜の朝からずっと、神経の束みたいにいらいらしているじゃない。あなたの仕事仲間から、あなたは普段は落ち着いて、自信を持って仕事をする人間だと聞かされていたわ。私は、あなたと仕事をして楽しいのだけれども、だんだん、あなたがここ以外の場所に行きたがっているように感じているのよ」
僕は素早く頭を振った。「それは違う、ディアドラ。僕も本当にあなたと一緒に働いて楽しんでいるんだ!」 ちょっと待て。少し力を入れすぎて言ったかもしれない。
彼女はまた悲しそうな笑みを見せた。
「アンドリュー、私たち話し合う必要があるわね。私たちの間で何が問題なのか知る必要があるわ。・・・私たち大きな仕事を抱えているのよ。私たちの仕事に運命が掛かっている人がたくさんいるの。このプロジェクトを進行させるに際して、私たちの間に、いかに小さくても摩擦があってはいけないのよ。もし私のことが嫌いなら、何とかできるわ。ランチを食べながら、ボブ・サイモンと話しをしたの。私たちが必要と感じた場合、チームとなるペアを交換しても良いって言ってたわ。私はメリッサ・トーマスとペアを組んで、あなたはボブとペアを組んでもいいって」
僕はパニック感が押し寄せてくるのを感じた。自分は、ディアドラと一緒に働くことすらできないほど、へまな動きをしてしまっていたのか。確かに、ディアドラと分離されて仕事をした方が仕事はうまくやれるだろう。だが、それは、ディアドラと一緒に仕事ができなくなることも意味しているのだ。それの方がダメージは大きい。まさに、最悪の大惨事じゃないか。
「ディアドラ、そういうことじゃ全然ないんだ。あなた以外に、僕が一緒に働きたいと思っている人はいないんです」
さあ、どうだろう? 変な言い方じゃなかったはずだ。小学生のように、彼女に泣いてすがりついたりはしていない。事実を端的に述べただけだ。実務的な口調で、平坦に。土下座するような雰囲気は出ていなかったはずだ。単に、彼女と一緒に働くことを気に入ってること、できれば、その状態を続けたいことを言っただけだ。
だが、ディアドラは僕の考えには組していないようだった。
「じゃあ、何が問題なの? あなたが、これまで会ったうちで最も神経質な人間であるか、他に何か原因があるかのどちらかでしょう? ねえ! 私は、人から、あなたが神経質な人間ではないと聞かされているわ。だったら、何んなのよ?」
僕はコーナーに追い詰められていた。逃げ出す道を探していた。だが、この女性に、心の中を打ち明けることは、選択肢から除外だ。第一に、彼女は僕の世界の住人ではない。第二に、僕たちは仕事を一緒に行っている間柄だ。第三に、セクハラとなる可能性がある。スリー・ストライクでアウトだ。僕にできることは、暗い表情で、何も問題はないんだと訴えることだけだろう。
「アンドリュー、ちゃんと話して。私はボブとパートナーを交換したいとは思っていないの。でも、そうしなければいけないなら、そうするわ。この仕事は、それだけ重要な仕事だから」
僕はみじめな顔をしていたと思う。「ディアドラ、僕の問題は仕事関係ではないんだ。今している仕事とは何も関係ない。あなたと仕事をするのを楽しんでいないからという理由では、決してない。僕自身で対処しなければいけない問題なんだ」
「ねえ、アンドリュー? 私たち、何週間か一緒に仕事をしてきて、お互いを分かり合ってきたわよね。確かに、直に対面したのはつい先日だわ。でも、それ以前からの付き合いで、私に関しては、充分信頼を感じてもらっていると思うけど。そのガードをちょっとだけ下げられるほどの信頼は。約束するわ。あなたが何を言おうとも、最大限に秘密厳守するから。そのことであなたを問い詰めたりしないから」
僕は、「ああ、分かった」と呟いた。自分はもう少し大人だと思っていたが、他に何と言えただろうか? 言ったら言ったで後悔するし、言わなかったら言わなかったで後悔するだろう。何をしても、何を言っても、そして何をしなくても、言わなくても、この状況は、その時より、ましになっていただろう。ともあれ、言うことで自分が完璧なバカに見えさせてしまうと知りつつ、そのことを話すというのは、非常に難しいことだった。
「分かったよ、ディアドラ、これから話す。でも、僕はあなたの言葉を信じて話すということも分かって欲しい。僕を問い詰めたりしないって言ったけど、その言葉、真剣に言ったことだと信じているんだ。僕は無害な人間だ。僕の中には卑しく暴力的なものがない。そのことだけは信じて欲しい。僕は、他の人に対して偏執的な感情を抱いたりするようなタイプでもない。根は、お気楽な男なんだ。それが僕の話し。その点だけは、分かって欲しいところなんだ」
ディアドラは、再び、あの半信半疑の笑みを浮かべた。「分かったわ。あなたは無害な男。私自身、それ以外に考えてもいなかったけど。それで? 話の続きは?」
僕に残された選択肢は、彼女に、僕の理論のことについて話すことだけだと思った。
「始まりは、月曜日に僕たちが握手をした時だったんだ。何か魔法のようなことが僕に起きたんだよ。いや、でも、魔法のはずがない。僕は考えて、それはあなたの肌と関係があると理論化したんだ。僕は、あなたに対して好意的に反応するよう、前もって性向が決定されているんだと。それは認めなくちゃいけないと。あなたの声は音楽のようだ。僕は、ここ何週間か、僕の秘書と冗談を言いあっていたんだ。こんな素晴らしい声は、一体、どんな肉体が発しているんだろうとね。でも、僕があなたの声とかに妄執しているとかではないんだ。ただ、素敵だと思っただけ。素敵な声だと・・・」
「・・・そういうことがあったから、あなたと初めて会うときは興奮していた。でも、それ以外の点では、あなたに対して、何の先見も持っていなかった。だけど、かえってそのために、僕は、生身のあなたが、素晴らしい声が持っている考えられないほど高い基準にふさわしい、素晴らしい人だった場合、どうすべきか、という不測の事態に備えた計画を立てていなかった。実際、キャロルに、あなたが60歳の黒人女性だと聞かされ、半分、納得していたくらいだから・・・」
「・・・そこで、あなたと会った。すごい美人だった。OK、それはそれで、楽しく仕事ができる、と思った。これからの3週間、目にも耳にも、甘美な人と一緒に仕事ができるんだな、と。本当に幸せだった。でも、そのとき、あなたが微笑んだんだ。ディアドラ、あなたの微笑みは、男に対してはフェアじゃないよ。あの時、あなたの瞳が輝いた。その瞬間、僕は魅せられてしまったんだ。・・・僕が思っていることが分からないなんて言わないで欲しい。多分、どんな男もあなたの瞳を見つめる機会を求めて命を懸けるだろうと思う。少なくとも、僕はそうだ。でも、それですら、何とかしのごうと思えば、僕は、何とかしのげると思った。でも、問題はあなたと触れたことだった・・・」
「・・・あなたに触れた途端、僕は完敗してしまった。多分、あなたの体の化学的性質と関係があると思う。あなたの身体的構成に含まれる何かが、僕の身体的構成に含まれる何かと、完璧にフィットした。少なくとも僕の見方からすると、そうなったと思う。中毒的性質もあると思う。あなたのそばに行くといつでも、この化学的誘引子が活性化し、僕の普段の自我をのっとってしまう。突然、あなたのことしか考えられなくなってしまう。・・・本当にすみません。心配しないで欲しい。僕はストーカーとかじゃない。あなたに妄執を抱いているように見えるかもしれないけど。いや、ちくしょう、実際、妄執を抱いているじゃないか。でも、僕が倫理的な一線を越えてしまうのではといった心配は、決してしないで欲しい。あなたに、話しなさいと言われたから、こうして話しているわけだし。ある意味、こうして話せて、喜んでいる部分もあるんだ。あなたのような素晴らしい人は、どれだけ素敵な人か、どれだけ魅力的な女性か、人を虜にし、どこを取ってみても魅了的だと、一生、毎日、語り続けられるべき価値があるのだから・・・」
「・・・もう、これ以上、このことについては言いません。僕のことについて気を揉む必要はまったくないということだけは分かって欲しい。僕はフェミニストなんですよ。信じてくれますか? 僕は、職場でのセクハラには断固として許容しない立場です。信じてください。あなたを居心地が悪い気持ちにさせるつもりはまったくないんです。あなたには、男女の関係になれるかもしれないとかいった期待はまったく持っていない。ですから、もし、あなたがよければ、このまま普通に仕事を続けたいのです。どうか、この件を、このまま放置して、風化するに任せて欲しい。そうしてくれたら、助かるんです。どうか!」
僕は、必死に訴え、話しを終えた。
ディアドラは、例の謎に満ちた表情を顔に浮かべた。僕は、結果がどうであれ、自分の運命を彼女に委ねることにした。この法廷のご慈悲にすがるだけだ。もう僕の運命は、自分の手を離れている。
「アンドリュー? あなた、私が35歳だと分かってるの? あなたより10歳も年上なのよ」
「ディアドラ、あなたは100万歳かもしれない。年齢などないも同じ。時間を超越しているんだ。あなたはモナリサだし、クレオパトラだ。あなたが4万年前に生きていたとしたら、クロマニヨンの画家たちは、あなたの体を、永遠に残る石壁に刻み描いたと思う。プラトンも、あなたのことを『女性』の完璧なモデルと考えたと思う。他の女性がすべて、あなたと比較され、その人たちのどこが欠けているかを見出される女性のイデアと。年齢はあなたには何も意味しない」
僕は口を開いただけで、これらの言葉がすべて、流れるように口から出ていた。前もって考えたわけではなかった。このようなことは、すべて、この3日間、僕の脳の中を駆け巡っていた思考だった。彼女に言えと言われたので、言っただけだった。こう言っても、少なくとも僕はまだ言い足りない気持ちだった。
でも、ディアドラは、このようなことを聞かされるとは思っていなかったようだった。僕は、彼女が僕のことを少しのぼせ上がってると思っただろうと推測した。そして何か優しい言葉で僕の思いを和らげてくれるんじゃないかと。だが、ディアドラは、彼女が前もって考えていたより、事態がはるかに深刻だと考えたようだった。
「アンドリュー。私は、率直に言って、この会社の社員に敵をいっぱい抱えている、ただの年増の女なの。この話は、それのこと? あなた、自分のポジションを高めるため、私をたらし込もうとしてるわけ? そうなら、そんなことにはならないと考えたほうがいいわよ、坊や!」
ディアドラが怒りを募らせているのが見て取れた。
「ちょっと待って、ディアドラ。あなたが僕に話すように言ったんだよ。覚えているよね。僕があなたに言い寄ることで、あなたが僕を助けてくれるなんてこと、まったく考えてもいない。むしろ、僕はあなたに首にされると思っていた。僕が黙っていた理由の一つは、それだったんだよ。残りの理由は、あなたが僕の世界とはまったく違う世界にいるということ。あなたは、僕がいる階級とは、一段階上の階級にいる人。あなたは誰もが憧れて、歌には歌うけど、決して手が届かないスターのような人。あなたを前にしたら、僕なんか、ただの子供にすぎないのは分かってるんだ・・・」
「・・・思ってることを正直に話せと言うなら、正直に話すよ。正直、僕が一番だ。この会社の従業員の中で、僕が一番有能だ。会社はどうすべきか見通せているのは、唯一、僕だけだと言える。他の大半の男たちは、ビジョンも何も持たない、ただの老いぼれどもだ。連中のことは好きだよ。僕のことを誤解しないでくれ。連中を敵視してるとか、そういうことはまったくない。ただ、うちの会社の幹部グループのうちでは、僕がトップにいるということ。でも、あの幹部グループがこの会社をダメにしているんだ。そういうわけで、あなたたちがここに来ているわけだし。僕は一番ではあるけど、この会社は困った状態にあるんだ・・・」
「・・・僕が、会社の将来についての僕のアイデアをあなたに吹き込もうとしたことは白状するよ。でも、うまくいくアイデアなのは事実だと思っている。僕のあなたに対する感情がなんであれ、どの道、僕はそのアイデアをあなたに伝えたと思う。たとえあなたが60歳の黒人女性でも話したと思う。ビジネス限定の話だから。個人的なことじゃないから・・・」
ディアドラは言葉に詰まってしまったようだった。
「アンドリュー、私は、仕事一筋の女なの。週80時間から100時間は労働する覚悟でこの仕事を受け持ったわ。国中を出張で歩き回り、連日ホテル暮らしで、交際もまったくなし。ええ、交際してる人がいないの。その時間がないのよ。私は、ほぼ、あなたの母親と言ってもおかしくない年齢だわ。あなたはとても優しいし、あなたのことが気に入ってるわ。でも、そういうことをする時間はないのよ」
「ディアドラ、前にも言ったけど、僕はあなたに何の期待も持っていない。僕たちの間では何も展開しないと、最初から分かっているから。あなたは僕が住んでる星とはまったく違う星から来た人だから。あなたに対して体が反応してしまうのは、どうにもできずにいるけど、それは分かって欲しい。それを止めることができたら、ぜひ止めたいと思ってることを。だけど、これは化学反応なので、僕のコントロール能力を超えているんだよ・・・」
「・・・自分の夢に思っている女性が、まったく手の届かない存在だと知るのは、楽しいことじゃない。もう2週間もすれば、あなたがどこかに行ってしまうことも知っている。ひょっとすると、この国のどこかに、あなたのことを情熱的に、そして永遠に愛している若者がいると知るのは、あなたの自我を少しは癒すことになるかもしれない。でも、本当に、僕は何も期待していないんだ。何も必要でないし、要求もされない。でも、これだけは言わせて欲しいんだけど、その年齢とかの話をしても、僕には全然効果がないんだ。あなたが忙しいのは知ってるし、仕事と結婚しているような状態なのも知ってる。あなたは大都会へ、僕は田舎町へ別れることになっているのも承知の上だ。あなたがそう言えば、僕は全部、信じ込む。でも言い訳として年齢のことを使うのは止めて欲しいんだ。全然、効果がない」
僕の話を聞いて、ディアドラは、微笑んだ。半信半疑の笑みではなく、あの、ある種のスイッチをオンにするタイプの笑みだった。そして急に瞳を輝かせた。彼女がそれをしたら、僕は無力になってしまう。
「思うに、短期的な状況については、解決を試みた方が賢いんじゃないかしら。私たちの第一の義務は、このプロジェクトを、期日までに、限られた予算の範囲で仕上げること。私は経営コンサルタントだし、あなたはシステム・アナリスト。だったら、この2人の間なら、2人とも快適に仕事を進められるような解決案を思いつくことができるはずよ」
どうして、女性はこんな風に一気に方向転換できるのか、これは僕にとっては謎だ。僕は今、ここで、心情を吐露しているというのに、彼女の方はビジネスの話をしたがっている。彼女は、こういう風にして、境界を立て直しているということなのか。
ともかく僕はディアドラが考えていることが分からなかった。
「何のことか分からない。だけど、一緒に円滑に仕事ができる方法を思いつけるというなら、僕は全面的に賛成だ」
ディアドラは頷いた。
「良かった。というのも、実際、私は試してみても良さそうな解決案を思いついたから。私のこと厚かましいと思わないで欲しいんだけど、でも、アンドリュー、あなたがこの1週間ずっと、私に言わせれば、『ピンと固く張り詰めた』状態にいたのは、誰の目にも明らかだわ。あなたみたいに固くなっている男性を見たことがないと思うし、あなたほど、長い間、そんな固く張り詰めたままの人は、初めてなのは確かね。私の言ってる意味が分かればの話だけど」
彼女の言っている意味は分かっていたと思う。だが、それに対して、どういう反応をするべきか分からなかった。つまり、この種のことに対して、どう言って謝るべきなのか? ミズ・マーティン、申し訳ございません、僕はあなたを思って3日間連続勃起していました、とでも言うのだろうか?
僕は、彼女は、僕が常時、股間を膨らませていたことに対して、考えられる答として2つ想定しているのではないかと思った。一つ目は、彼女は僕のことをセックス狂とみなしているかもしれないということ。どういうものか知らないが、常時、興奮状態で日々の生活を送っている男と考えているのかもしれない。
2つ目は、ひょっとすると、僕の状況は彼女自身によって直接引き起こされていると、ちゃんと分かっているのかもしれないこと。でも、男が、自分のことを思いながらしょっちゅう勃起させていると知った時、女性はどういう反応をするものなのだろうか? 軽蔑するかもしれない。だけど、勃起というのは、愛情表現の中でも、最も誠実なものとも言えるはず。自分の中に、25歳の男を淫らな想いで気が狂わんばかりにさせてしまうような魅力があると知っても、その女性の自意識が傷つくことはないと思う。
僕は、今後、ディアドラに対しては完全に正直になることに決めた。恐怖であれ何であれ、一切包み隠したりしない。多分、酷い目に会うことになるだろうけど、構わない、こっちから望んで、そんな目にあってやろうじゃないか。
「私も、あなたに正直になっていいかしら、アンドリュー? あなたは私に正直に話してくれたし、そのことを心から感謝しているから。・・・正直、私は、誰とも交際していないの。それは言ったわね。顧客とは、決して係わらない。どんな小さな関係もダメ。そういうのは、ビジネス上、正しくない行いだから。利害関係の摩擦が起きる可能性は際限なく存在するから。それが一番主要な理由。でも、それと少なくとも同じくらい重要なことは、私たち、このプロジェクトを成し遂げなければならないということ。性的な緊張によって邪魔されるわけには行かないの」
僕は、この話がどこにつながるのか分からなかった。
「それで、僕に何を言おうとしているのか分からない。緊張をほぐすため、自慰をすべきだと言ってるですか? でも、言うのも何だけど、この2日間、僕は10回以上、自慰をしているんです。でも、全然、効果がない。あなたが僕の近くに来るとすぐに、僕は体の反応をコントロールできなくなってしまうんです。勝手に反応してしまうんだ。そいつは、僕がこの状況をどう思っているかなど、お構いなしなんです。そいつは僕のことを冷やかして笑ってると思う」
「早とちりしないで。何も、自慰をしなさいって言うつもりはないの。それに、率直に言って、すでに私は、あなたの日々の自慰行為については、知りたいと思う以上に情報を知らされているのよ。だから私も、自分のことについて、あまり愉快じゃない真実を語ることにするわ・・・」
「・・・私はデートしてないの。まったく! 男性とは、もう3年近くご無沙汰。本当に寂しくて気が狂いそうになることがあるわ。でも、そういう関係を築く時間がないの。本当に。出張の連続で、独りっきりで、見知らぬモーテルに寝泊りすることばっかり。独り、バーに出かけて、独りでいるビジネスマンに声をかけて、ちょっと気晴らしすればいいと思うかもしれないわね。でも、それがどれだけ難しいか分かる? 私は、そういうタイプの女じゃないし。高慢だと思うかもしれないけど、私は、一夜限りの出会いはやらないの。少しでも恋愛関係になっていない男性とはセックスしたことがないの。実際、高慢さとは違うわね。ともかく愛のないセックスは楽しくないということだと思うわ。私自身の緊張をほぐす必要があると感じた時は、自分でした方がずっと良いと思っているから・・・」
「・・・でも今、私たちはこの状況にいる。あなたが今の状態で困っている状況。そして私はあなたを困った状況から救い出してあげなければならないと思っている。私が言っているのは、こういうこと。つまり、あなたのその緊張状態を、ありきたりな方法で解消してみることについて、どう思う? と訊いているの」
ディアドラは、唇をまっすぐに閉じたまま笑みを浮かべ続けていた。まるで、僕に、ドーナッツでも食べる? と訊いてる感じだった。
僕の方はと言えば、口をあんぐりと開けていたのは確実だった。僕は、ハエが飛び込んでこないように、慌てて口を閉じた。
ようやく、話す言葉を見つけた。「ありきたりな方法で? ありきたりな!!! はい、そのありきたりな方法で緊張状態をほぐそうという試み、この上なく喜んで試してみたい。今、そう言いましたよね? それともただ僕がそう想像しただけ?」
ディアドラは手を伸ばし、テーブル越しに僕の手を取った。ああ、彼女の手はとっても熱くて、チャイナ・シンドロームの如く融けてしまいそうだ。地球の中心まで、すべてを融かして進んでいけそうじゃないか。
彼女は、優しく、物思いに沈んだ声で、自分の気持ちについて話し始めた。
「私は、この仕事を引き受けたし、振り返ることはしなかった。両目をしっかり見開いて、自分が何に従事しているかをはっきり見極めていた。でもね、私も女だし、男が恋しいとも思っているの。あなたは、ある意味、私に触れるところがあったと言えるわ。男性に惹かれた気持ちになったのは、ずいぶんしばらくぶりになるわ。私は、私とあなたの共同で行う仕事を進展させるために、コンサルティングの祭壇に捧げられたいけにえのようなものとして自分を提供しているわけじゃないのよ・・・」
「・・・正直言って、セックス自体は問題じゃないの。あなたのことが好きだし。とっても好きよ。だから、お互いに何かを与え合うことができるかもしれない。こんな風に話しを持ちかけたことは、これが生まれて初めてなの。あなた、その気がある? それとも、いつまでも劣等感の妄想におぼれたままでいるつもり?」
僕は、どう言えばよいのだろう? 「も、もちろん! その気があります! 僕は、あなたのテーブルから落ちる、どんな欠片でもよろこんで受け取ります。何でも言ってくれ。今日は、朝は自分のことがいやで堪らなかった。だけど、僕のコイツが言うことを聞かないから」
「オーケー! じゃあ、7時に私のホテルの前に車で迎えに来て。一緒にディナーを食べましょう。それから2人であなたの緊張状態をほぐすことにしましょう。それで良いわね? アンドリュー?」
「完璧です。どんなことでも。あなたが望むことはすべて、僕にとっての命令となります」
ディアドラはにっこり笑って言った。「それじゃあ、命令するわね。今日はこの後は、気分を落ち着けて、仕事に戻ること」
仕事の後、僕は家に立ち寄り、シャワーを浴び、着替えをした。その後、ディアドラが泊まっているホテルに向かった。途中、携帯で電話をしておいたので、僕がホテルに着いたときには、彼女はロビーで僕を待っていてくれた。
ディアドラのことは、いつも素敵だと思っていたが、僕はビジネススーツ姿の彼女しか見たことがなかった。この夜、僕はビジネス服以外の服を着た彼女を初めて見た。僕は、彼女の美しさに見蕩れ、我に返り、声を出せるようになるまで、ぽかんと口を開けたまま、突っ立っていたと思う。声がかすれていた。
「今夜のあなたは、とても素敵です」
ディアドラは、また例の笑顔をして見せた。あの瞳から光線を発するような笑み。彼女は、にっこりと笑いながら僕に近づき、僕の腕にすがりついた。
彼女の泊まっているホテルは市の中心地にあったので、僕たちは車は使わず、2ブロックほど歩いて、僕のお気に入りにしている店に行った。小さな日本料理店だが、極上の料理を出してくれる。しかも、雰囲気も、日本風ではあるが、過剰に日本風なために客が引いてしまうような雰囲気ではない。
ディアドラは寿司を食べ、とても美味しいと言って、僕を安心させてくれた。僕は、寿司系の男ではない。加熱した食べ物の方が好きだ。でもディアドラが寿司を気に入ってくれて嬉しかった。ともあれ、ウエイターも気配りができるが、わずらわしくなるほどでもなく、その店では二人とも楽しい時間を過ごした。日本酒を飲みながら、僕はオフィスの外で、このように静かにディアドラと一緒におしゃべりができる機会を持てたことに大きな喜びを感じていた。
それでも、二人の間に緊張状態があったことも事実だった。ディアドラは、ホテルで僕に会ったときに僕の腕にすがりついたのだが、あの瞬間、僕のペニスはバネのように息を吹き返し、その後、ずっとその状態が続いていた。そうなったのは、ディアドラのせい。でも、僕自身は、すでにそういう状態に慣れ始めていたように思う。
食事をしながらディアドラとおしゃべりをするのはとても楽しかった。けれども、ウェイターがデザートには何をお持ちしましょうかと聞いてきた頃には、僕はすでにかなり限界に近づいていたと思う。ディアドラはデザートのメニューにざっと目を通した後、僕の瞳を覗き込み、それからウェイターに言った。
「デザートは、なしにするわ。私たち、今夜は、デザートに別のものを取る計画をしているの」
ウェイターは勘定書を持ってきたが、僕は、彼に、勘定書をテーブルに置くことすらさせなかった。彼が紙を置く前に、僕のポケットからお札が舞い出て、それとほぼ同時に、僕とディアドラは、テーブルの脇に舞い降りていた。二人、店の外に出たが、僕は、事実上、ディアドラを引きずるようにして、彼女のホテルに向かっていたと思う。ディアドラが欲しくて堪らない。僕の頭には、それしかなくなっていた。
ほとんど、ディアドラの部屋に入ってすぐに、僕は彼女を壁に押し付け、キスをしていた。まさに初めてのキスだった。初キスだからこそ、僕は愛のこもった優しいキスをしようと思っていた。ディアドラに対する僕の気持ちの深さが伝わるようなキスを。
だが、実際は、そういうキスはできなかった。自分の意思とは裏腹に、僕の舌は彼女の喉に届きそうなほど突き進んでいた。僕の体は彼女の体を壁に押し付け、僕の両手は、彼女の体を這いまわっていた。まさに彼女の体を略奪する勢いだった。服を引き千切るような勢いで脱がし始めていたが、それでも、もっと早く脱がせられないものかと苛立っていた。
夢に描いたシナリオでは、ディアドラに対する行為は、紳士的で、愛が込められ、ロマンティックなものになるはずだった。彼女の愛らしい顔を両手で優しく包み、あの甘美な唇に、心を込めたキスをする、と。だが、現実は、そのシナリオのすべてを変えてしまった。
僕はディアドラを裸にした。とうとう、彼女の美しいヌードを見る時が来たのだ。だが、実際の僕は、彼女の裸など、ほとんど、関心がなかった。僕は、服を破らんばかりの勢いで脱ぎ捨てた。脱いだ後も、服の態をなしていたのは幸いと言えた。ともかく、どうしてもディアドラとつながらなければならないという一心だった。今すぐ、彼女とつながらなければ!
二人、裸になり、僕は彼女を引っ張ってベッドに行った。そして彼女を仰向けに寝かせる。ディアドラは、僕を迎え入れるように両腕を広げてくれた。僕は彼女を抱きしめ、耳元に甘い言葉を囁きかけたいと思っていた。彼女の体のてっぺんからつま先まで、ゆっくりと念入りに愛撫し、探りたいと思っていた。ディアドラにとって忘れられないような経験をさせてあげたいと思っていた。本当に、僕はそうしたいと願っていた。
だが、実際の僕が行ったのは、事実上、強姦のようなものだった。僕のペニスはディアドラの中心部をすぐに見つけ出し、乱暴に押し入っていた。僕は気が狂っていた。あの美しいディアドラを乱暴に犯していた。僕はケダモノになっていた。引き抜いては、突き刺す行為を繰り返していた。それを繰り返すたび、僕はどんどん荒々しく、激しくなっていた。
ディアドラは、ただ横たわって、僕の行為を受け止めていた。僕の行為に彼女が呆れているのが見て取れた。僕は、もっとゆっくり、もっと優しくしたかった。本当にそうしたかった。なのに、できなかった。何度も何度も、繰り返し、彼女に打ち込んでいた。ハンマーで叩きのめしている感じだった。何かに駆り立てられた、自分の欲望を満足させるためだけの、思いやりがまったく欠けた、彼女の体を奪うだけの行為。
僕は、初めて、つがいの絆を発見した最初のアウストラロピテクスのオスのようなものだった。男根でメスを征服し、子種を注ぎ込んで、そのメスを自分の物としてマークする。それしか頭にないオスになっていた。この女は俺のものだ! 誰にも渡さん! と魂の底から叫び続けた。
僕は、彼女の無抵抗な局部にペニスを叩き込み、この魅惑的な女性を、無慈悲に痛め続けていた。
ディアドラは、最初、抵抗しようとしていた。彼女が叫んでいたのを覚えている。
「イヤ! ちょっと待って! 痛い! 痛いのよ! ああ、ダメ! やめて! ああ、ひどい! ああ! ああ!!!・・・」
だけど、すぐに彼女は抗議するのをやめ、それからは僕が打ち込むたびに、腹の底から出すような深い唸り声を出すようになっていたと思う。それから、確かには覚えていないが、時々、甲高い叫び声を出していたようにも思う。さらに、その後は、意味のある言葉は何も言わず、ただ、声を上げ続けるだけになっていた。喉の奥から出すような、ゴロゴロとした泣き声だけに。
この状態がどのくらい続いたのか僕には分からない。僕のペニスは熱い鉄棒のように硬いままだった。僕は、ひたすらディアドラを犯し続けていた。単純なピストン運動をひたすら続け、時と共に、どんどん激しさを増し続けていた。
すると、突然、電気ショックのように僕の全身に電撃が走った。ペニスがぐっと膨らむのを感じ、次の瞬間、僕はディアドラのあそこの中に精液を噴射していた。ホースで水撒きするような勢いで、ドバッ、ドバッと、間隔を置いて何発も彼女の奥に噴射していた。射精の間、僕は大きな声で叫んでいた。ディアドラも叫んでいた。強烈な快感だったが、快感のうちでも、とても原初的、根源的な快感だった。
そして、とうとう、すべてが終わった。僕はゆっくりと意識が元に戻り始めた。僕はディアドラの上に体重を預け、覆いかぶさっていた。彼女は目を開けたまま、何も言わずに、部屋の隅のほうを見ていた。意識がぼんやりしているようだった。
突然、僕はすべてを台無しにしてしまったことを悟った。人生に一度あるかという大切な機会を与えられたのに、僕は生々しい欲情に身を委ねて、身勝手な行動をし、常識的な振る舞いを忘れてしまったのだ。
僕は非常にあわてた。彼女に何とか説明しようとした。
「ディアドラ。本当にすまない。ごめんなさい。あなたに、こんな風にするつもりは全然なかったんだ。あなたには、心を込めた、優しい愛し方をしようと夢に見ていたんだ。ああ、こんな、こんな、あなたを滅茶苦茶に犯すつもりなんか全然なかったんだよ。ごめんなさい、ディアドラ。ああ、あなたに危害を加えていないといいんだけど。大丈夫ですか? どこか痛いところとかないですか?」
ディアドラは、僕が話しかけていることに突然気がついたようだった。
「え、何? 私が大丈夫かって? もちろん、大丈夫よ。痛いところなんかないわ。そんなとこ、あるはずないじゃない?」
「ディアドラ。あんなに乱暴にしてしまってごめんなさい。あなたの気持ちを無視してしまった。今までは、僕は、ずっと、とても思いやりがあるセックスをしてきたんだけど、今夜は、何か別のものが僕に憑りついてしまったようなんだ。いつもの僕は、こんなんじゃないんだよ。ごめん。どう思っているか、話してくれないか?」
「そんな、無理よ、アンドリュー。何も思っていないわ。だって、頭の中、空っぽになってるんだもの」
ディアドラは、そう言って、笑った。